TOF-MSため高速データストリーミング・解析システム

馬上 謙一 氏, 北海道大学大学院 理学研究院 自然史科学部門 地球惑星システム科学分野 博士研究員

"同位イメージング高速実現したPXIシステム紹介してきた。このシステム最大利点は“リアルタイム”に、様々データ処理行えることにあり、これにより分析時間大幅短縮可能た。"

- 馬上 謙一 氏, 北海道大学大学院 理学研究院 自然科学部門 地球惑星システム科学分野 博士研究員

課題:

データ集録周期の向上とデータ保存の高速化の実現 LIMAS開発の目的は微小領域(数μm四方)を空間分解能100 nm以下での同位体イメージングを行うことである。空間分解能を高め、より正確なイメージを取得するために課題となるのがイメージの経時的なずれである。イメージのずれの要因は主にイオンプローブ照射位置の経時的な変動とサンプルステージのドリフトである。分析システム全体としてサブミクロンの精度で位置を長時間保持することは非常に難しいため、イオンプローブの走査はできる限り高速に行わなければならない。

ソリューション:

新たなイオン検出システムの構築にあたり、帯域が大きく、サンプリングレートが高く、そしてPCへの転送速度が速いデジザイザが不可欠であった。NI PXIe-5185(以下5185)は我々の要求スペックを満たしていたので、これを採用した。一度の質量スキャンで必要な時間は15 μs程度であり、LIMASの繰り返し周波数は1 kHzなので5185を用いればすべてのサンプルレートでリアルタイム集録が可能である。

【背景】

二次イオン質量分析法は高い空間分解能を持ち、多元素を高感度に定量することが可能であるため、微小領域の同位体分析において重用されている。微小領域の分析結果を二次元的に繋ぎ合わせれば、それは同位体の強度分布で描かれた同位体イメージになり、二次イオン質量分析装置は同位体を見るための顕微鏡であると言うことができる。また、飛行時間型質量分析法(Time of flight mass spectrometry: TOF-MS)は、幅広い質量範囲のマススペクトルを1回のスペクトル取得イベント(質量スキャン)で取得でき、多元素(同位体)同時分析が可能な分析法である。さらに、飛行距離を伸ばすと質量分解能が高まるという性質も持つ。

 

我々が開発しているLIMAS(Laser Ionization MAss nanoScope: LIMAS)は、高感度・高空間分解能・高質量分解能を目指し、一次イオンビーム(Focused ion beam: FIB)により生成した二次中性粒子をフェムト秒レーザー(Integra-C. USP, Quantronix; 繰り返し周波数: 1 kHz)により多光子吸収イオン化(ポストイオン化)する質量分析装置である(図1)。

 

LIMASの質量分離部はMULTUM IIと呼ばれる多重周回型質量分析計であり、世界最高レベルの質量分解能を誇る。

 

磁場型質量分析計のような連続イオン化・イオン検出の方式と対照的に、TOF-MSは検出するイオンがm/zに従って1つのパケットとして検出器に到達するため、イオン検出の時間スケールがナノ秒程度と短くなる。よって、マススペクトルを得るためのデジタイザには帯域はGHz以上、サンプルレートは1 GS/s以上の仕様が要求される。このような仕様で15マイクロ秒(μs)程度の質量スキャンを行うことで、ひとつのマススペクトルを取得することが可能となる。  さらに、集録データの解析・保存・モニタリングをリアルタイムに行うためにはプロセッサ(PC)の処理速度に加えデジタイザ-PC間での高速データ転送が不可欠となる。

 


【課題】:データ集録周期向上データ保存高速実現


LIMAS開発の目的は微小領域(数μm四方)を空間分解能100 nm以下での同位体イメージングを行うことである。空間分解能を高め、より正確なイメージを取得するために課題となるのがイメージの経時的なずれである。イメージのずれの要因は主にイオンプローブ照射位置の経時的な変動とサンプルステージのドリフトである。分析システム全体としてサブミクロンの精度で位置を長時間保持することは非常に難しいため、イオンプローブの走査はできる限り高速に行わなければならない。

これらの経時変化によるイメージのずれを最小限に抑えるには、1) イオンプローブを高速にスキャンし、2) データをリアルタイムに集録し、3) データ解析し易い形式に変換し、4) 保存する必要がある。

具体的には2chを使用して、5 GS/sのサンプリングレートで15 μsの集録(質量スキャン)を1 kHz周期で繰り返し行い、集録したすべてのデータを保存することである。要求されるデータ転送・保存速度は2ch × 75 kS/s × 1 kHz = 150 MB/sとなる

この仕様を満たす計測システムは市販品としてはほとんど発表されていない。また、この分析システムは開発途上であり、様々なアプリケーションへの応用が考えられている。そのため冗長性の高いソフトウェアの開発環境も必要であった。

これまでは質量スペクトルをLeCroyデジタイザ(WaveRunner 104MXi)で集録し、筐体の中で信号処理を行い、イーサネット経由でデータ転送を行っていた。しかし、トリガ周期が短くなるとトリガの取りこぼしが発生するため、データ集録周期が100 Hz以下でしか行えず、データ転送も計測ごとに数百ミリ秒かかっていた。よって、次システムの構築の際の最重要点は既存システムの問題点であった繰り返し周期の向上と高速データ保存の実現となった。


【ソリューション】
システム構成

新たなイオン検出システムの構築にあたり、帯域が大きく、サンプリングレートが高く、そしてPCへの転送速度が速いデジザイザが不可欠であった。NI PXIe-5185(以下5185)は我々の要求スペックを満たしていたので、これを採用した。一度の質量スキャンで必要な時間は15 μs程度であり、LIMASの繰り返し周波数は1 kHzなので5185を用いればすべてのサンプルレートでリアルタイム集録が可能である。ただし、現在のイオン検出系(入力パルスの半値幅が~3 ns)の応答速度に対し適当な3.125 GS/sを用いている(5185の最大サンプリングレートは12.5 GS/s)。また、イメージングを行うためにはFIBのデフレクターを制御し、イオンプローブを走査する必要がある。デフレクターの電圧制御はNI PXIe-6361(6361)を用いて行った。本システムの構成図を図1に示す。波形データは2種類の形式で保存することにした。一つは8-bitで集録されるアナログ波形のデータから明らかなノイズ成分を足切りし、平均化したものである。もう一つは入力イオンのパルスを数えることで出力に変換する、いわゆるイオンカウンティングという手法である。この方法は入力イオン強度が上がると2つ同時にイオンが入って来てしまうことが多くなり、数え落としが起こり、信号の定量ができなくなる。しかしながら、数え落としが起こらない範囲内では入力パルスのパルス高に依存しないため、アナログ波形に比べデータの確度が高い。これら二つの信号を相補的に処理・解析を行うことでより定量的で確度の高い情報を得ることができるようになる。

制御ソフトウェアはデータ保存機能を最優先させ、データ保存がリアルタイムで行える範囲内でデータ解析(アナログ信号の平均化及びイオンカウンティング)やモニタリングを行うようにした。ユーザーインターフェイスは5185、6361のパラメータを様々に変更し、目的の分析に最適化することができる。取得したデータはTDMSファイルの形式で、これを自作の解析プログラムで処理することで同位体イメージを取得することができる。

 

分配された信号はそれぞれ5185に取り込む。取り込まれた波形はPC(8133)にDMA転送され、解析と保存を行う。データは4つのHDD(RAID0)で構成されたストレージに保存している。5185 2台と、6361の同期は6361に同期用のマスタートリガを入力し、シャーシのバックプレーンを通して行っている。また、イオンプローブの制御は6361に搭載する2チャンネルのアナログ出力を用いて行っている。


【結果】
集録周期10高速化 
データ分析速度1/10短縮
集録リアルタイムマススペクトル表示可能


データ集録・保存がリアルタイムで行うことができるようになったため、分析効率が飛躍的に向上した。特にイメージングに関してはフェムト秒レーザーの繰り返し周波数である1 kHzでのサンプリングが実現できたため、10倍以上の高速化に成功した(以前は100 Hz以下であった)。波形データの集録と解析をLabVIEWで行うので、データタイプの変更(8-bitからアナログ平均化が単精度、イオンカウンティングが16-bitに変換している)が容易である。PC(8133)内で行っている、オフライン解析プログラムのGUIを図2に示す。このプログラムでは目的の同位体のピークを探し、そのピークの出力を計算し、ピクセルごとに強度をプロットすることでイメージ化している。

 

機能としては、ファイルの読み出し、指定した同位体ピークの探索・検出、同位体ピーク強度の計算、作成した同位体イメージの保存が可能である。また、同位体ピーク探索のための質量-飛行時間の校正曲線(3次方程式)の作成ができる。

開発したシステムの評価を行うにあたりLSIのプロセスの一部分の同位体イメージングを行った。得られた図を図3に示す。この2枚のイメージ(b, c)の中の領域は、銅のドットと酸化ケイ素のメッシュで構成されていることがわかる。このときの一次イオンビームのビーム電流は300 pAで、空間分解能は120 nm程度であった。イオンプローブを高速に走査することが可能となったため、イメージの歪みが改善された(速度が遅いと画像は斜めにひずんで見える)。LIMASの現在最高の空間分解能は10 nm程であるのでより空間分解能の高い同位体イメージを取得することは可能である。しかし、ビームが小さくなるに従い一次イオン電流量が下がり、結果的にスパッタされる二次中性粒子の数が少なくなるので、イオンイメージを100 nm以下で行うには装置、特に質量分析計の最適化が必要になる。

 

各図のフルスケールは3.2 μm × 2.4 μmで、160 × 120 ピクセルである。それぞれのイオン(63Cu+、 28Si16O+)強度が強い点が白く、弱い点が黒くなっている。b),c)を見てわかるように、Cuが存在する領域にはSiOがなく、逆にSiOが多い領域はCuが存在しない。

 

以上、同位体イメージングの高速化を実現したPXIシステムを紹介してきた。このシステムの最大の利点は“リアルタイム”に、様々な データ処理が行えることにあり、これにより分析時間の大幅な短縮が可能になった。リアルタイム性が向上した背景には、デジタイザ-PC間のデータ転送とデータ処理を並列に処理できるプログラムとマルチコアの高速プロセッサが活躍しているわけであるが、これはPXIプラットフォームの拡張性・選択性の大きさとLabVIEWでの並列処理プログラミングに負うところが大きいと言えるだろう。当初の目標であった微小領域の高速スキャンも達成し、今後は筆者の目的である地球外物質の同位体イメージングを行うためにハードウェア・ソフトウェア両面からの更なる向上を目指したい。

 

著者情報:

馬上 謙一 氏
北海道大学大学院 理学研究院 自然史科学部門 地球惑星システム科学分野 博士研究員

図1. LIMAS(左側)とPXIシステム(右上)
図1. システム構成
図2. イメージ解析ソフトGUI
図3. LSIパターン(銅のドット)のa) 二次電子像、b) 63Cu+イメージ、及びc) 28Si16O+イメージ