マルチプレックス測定機能付きオシロスコープ

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"カスタマイズを目的とする場合、リアルタイムコントローラ上で動作するオシロスコープは非常に魅力的な存在であり、また、LabVIEWにより容易にプログラミングできることは大変素晴らしいことです。"

- 石内 俊一 氏, 東京工業大学 資源化学研究所

The Challenge:
通常のオシロスコープでは、そもそもトリガーごとに異なるメモリーで積算する機能がない。

The Solution:
マルチプレックス測定は市販のオシロスコープでは根本的に困難なので、高速デジタイザボードを使用することにした。さらに、高速の波形演算やタイム・クリティカルな動作が必要なため、リアルタイムOS上で動作するボードが望ましい。スペックとしては、飛行時間型質量スペクトルを測定するため、帯域200 MHz以上、1 GS/s以上程度のものを探した。

Author(s):
石内 俊一 氏 - 東京工業大学 資源化学研究所

【背景】

我々の研究室では、自作のレーザーイオン化飛行時間型質量分析装置を用いて、特定の物質のイオン量(マスピーク)をモニターしながらイオン化レーザーを波長掃引することで、イオン化効率の波長依存性を測定している(図1)。イオン化レーザーの波長がある物質の電子遷移エネルギーに一致するとイオン化効率が急激に増大するため、イオン化効率の波長依存性は質量分析装置で選択した特定の物質の電子スペクトルと見なせる。さらに、イオン化レーザーに波長可変赤外レーザーを組み合わせると、赤外スペクトルを測定できる。イオン化レーザーを波長掃引して得られた電子スペクトルのあるバンドにイオン化レーザーの波長を固定し、生成するイオン量をモニターする。このイオン量はモニターしている物質の基底状態(零振動準位)の分子数に比例する。ここに赤外レーザーを導入し波長掃引する。赤外レーザーがモニターしている物質の分子振動エネルギーに一致すると、振動励起により零振動準位の分子数が減少するため、モニターしているイオン量も減少する。つまり、振動遷移をイオン量の減少として観測することができる。従って、赤外レーザーの波長に対してイオン量をプロットすることにより、赤外(振動)スペクトルを測定することができる(図2a)。この様な実験では、イオン化レーザーによって生成するイオン量が常に一定であればよいが、これが大きく変動している場合は、特に弱い振動遷移はベースラインの変動の中に埋もれてしまい、観測が困難になる(図2b)。そこで、赤外レーザーの繰り返し周波数をイオン化レーザーの半分に設定する。こうすると、イオン信号には、イオン化レーザーのみのものと、2つのレーザーがともに入射されたときのものが、1発おきに交互に現れることになる。つまり、それぞれの信号を別々に収録すれば、疑似的にではあるが、ベースラインの変動(図2c)とそれに乗ったイオン量の減少(図2b)を同時に測定することになり、後者を前者で割ればベースラインの変動を除去することができる。これによりS/Nの高い赤外スペクトルの測定が可能になる。この様な測定を実現するためには、トリガーごとに分別して波形積算できるオシロスコープが必要である。我々はこの測定法を「マルチプレックス測定」と呼んでいる。

【課題】

通常のオシロスコープでは、そもそもトリガーごとに異なるメモリーで積算する機能がない。そこで、オシロスコープを高速のデジタイザと見なし、トリガーごとに波形をPCに転送して、PC上で分別積算する方式を採った。この方法では、特にトリガーの繰り返し周波数が高くなると、オシロスコープの波形送り出しの負荷が高くなり、波形の取りこぼし(波形送り出し処理に手間取り、次のトリガーまでに波形補足準備が完了せず、波形補足に失敗すること)が頻発する。最近のオシロスコープは1波形の転送速度は高いものの、それを高繰り返しで行うのは不得手で、この様なやり方には限界がある。もう1つの解決策としては、2台のオシロスコープを用意して、1台目はイオン化レーザーのみの信号を、2台目は両方のレーザーが入射されたときの信号を測定するという方法が考えられる。この場合の問題点として、1)同一の画面で2つの波形を同時にモニターすることが困難である、2)それぞれのオシロスコープで器差が異なるため、両者で得られた波形をそのまま割り算することができない、等が挙げられる。1)に関しては、トリガーごとにPCに波形を転送して、PC上で同一画面に合成すれば可能であるが、上述の様に高繰り返しでの波形転送は困難であり、また、これでは結局1台のオシロスコープを使うのと変わらない。2)については、それぞれの波形をPCに転送して、適当なスケーリングを施せば解決できるが、高精度な測定には不向きである。従って、根本的な解決としては、マルチプレックス測定を1台の測定装置で可能とすることである。さらに、その測定装置が1台のオシロスコープよりも安価であれば、装置のコストは半分以下で済むことになり、コスト上のメリットもある。

 

【ソリューション】

1、システム構成

上述の様にマルチプレックス測定は市販のオシロスコープでは根本的に困難なので、高速デジタイザボードを使用することにした。さらに、高速の波形演算やタイム・クリティカルな動作が必要なため、リアルタイムOS上で動作するボードが望ましい。スペックとしては、飛行時間型質量スペクトルを測定するため、帯域200 MHz以上、1 GS/s以上程度のものを探した。この様な条件を満たすのは、NI社かアキリス社(アジレント)の製品しかなく、両社からPXIボードのデモ機を借り受け、LabVIEW Real-Time OS上での高速波形取り込みのテストを行った。両社のボードとも100 Hz程度までは波形の取りこぼしがなかったが、アキリス社のボードではそれより繰り返し周波数が高くなると波形取りこぼしが頻発するようになった。これは恐らくドライバーの問題ではないかと思われる。価格は、同等スペックのボードで比較すると、NI社はアキリス社の半額程度と安く、LabVIEW Real-Time OSとの相性の点からもNI社のPXIボードを選択することにした。

図3に構築したシステムの構成を示す。当初、NI PXI-5154(1 GHz, 2 GS/s)を選択したが、このボードにはvertical offsetの機能がなく、オシロスコープとしては使いにくいため、スペックを落としてNI PXI-5152(300 MHz, 2 GS/s)を用いることにした。PXIコントローラは、コアごとにタイミング・ループを割り振ることで極力タイム・クリティカルな動作を保証したいので、NI PXI-8110(2.26 GHzクアッドコア)を採用した。分別用の信号(コントロール信号)の取り込みは、簡単には5152のch1を使えばよいが、入射レーザーの強度モニター用に使用したいため、別のボードが必要になった。当初安価なマルチファンクションDAQボードを試したが、ボードからのデータ読み込みに時間がかかるため、特に繰り返し周波数の高い測定ではマルチファンクションDAQボードからのレスポンスが律速になってしまうことが分かった。やむを得ず、極めてもったいない使い方ではあるが、データ収録用には使用を取りやめたNI PXI-5154を使うことにした。PXIトリガー・バスを経由して、5152とトリガーを同期し、5154のch0へ入力したコントロール信号の電圧を10点ほど計測し、その最大電圧が設定した閾値より高いか低いかで、5152で収録された波形を分別した。

それぞれの波形を加算平均あるいは多重移動平均(Kolmogorov–Zurbenkoフィルター)する。これをコントロール用のPCにイーサネット経由で転送するが、PCでの表示解像度や更新速度を考慮して、ポイント数間引きと単位時間に転送する波形を制限することで、イーサネット通信とPCへの負荷を軽減した。また、DSCモジュールを導入することで、PCでの波形データの読み込みをイベント駆動型にすることができ(リアルタイムOS上で波形転送用のシェア変数に新しい波形データが書き込まれたことを、PC上でイベントとして検出し、それに応じてシェア変数を読み取る)、PCへの負担をさらに軽減することができた。

2、結果

図4に作成したオシロスコープGUIを示す。見た目は2チャンネルのオシロスコープと変わりないが、マルチプレックスモードをonにするとコントロール信号がhiのときとloのときの波形が重ねて表示される。これにより、非常にふらつきが大きい信号を見ながらの質量分析装置の調整(イオン電極の印加電圧やレーザー照射タイミング・位置など)が極めてやり易くなった。また、本アプリケーションにはトレンド測定機能も実装されており、ゲート指定したピークの面積の時間変化を記録(勿論マルチプレックス測定に対応)することができる。トレンド測定時でもオシロスコープの画面はそのままで、常に信号の状態をモニタリングすることができる。また、言うまでもなく、リアルタイムコントローラとPCはイーサネットで接続されているので、同じLANに接続していればリモートコントロール・監視が可能である。PCの役割は、リアルタイムコントローラのコントロール及び監視であって、データ取得は実質的にリアルタイムコントローラが行っているため、測定中にPCで別のデータ処理作業等を行っても、測定そのものには全く影響しない。

最近の高スペックなオシロスコープは、オシロスコープそのものがWindowsベースのPCであり、その上でオシロスコープのアプリケーションが動作する方式になっており、拡張性やユーザーによるカスタマイズが容易に行えるなどのメリットがある。この場合、LabVIEWをオシロスコープPC上にインストールしてデータ収録を行うことができるが、そもそもWindows上で動作しているため、LabVIEWプログラムのタイミング・クリティカルな動作は不可能である。従って、あくまでも私見ではあるが、Windowsベースのオシロスコープにはあまりメリットを感じられない。カスタマイズを目的とする場合、リアルタイムコントローラ上で動作するオシロスコープは非常に魅力的な存在であり、また、LabVIEWにより容易にプログラミングできることは大変素晴らしいことである。 究極的には、FPGAでハード的にデータ処理できる装置が理想であるが、現段階ではFlexRIOでもGS/s程度のサンプリングレートは達成されておらず(仮に達成されたとしても、その様な高速サンプリングに対応するためのFPGAプログラミングは素人には難しいと予想される)、リアルタイムOS+高速デジタイザという組み合わせが現時点では最適な選択肢ではないだろうか。

 

図4 オシロスコープGUI

波形表示用パネル(左)とコントロールパネル(右)が分離されている。コントロールパネルのノブ制御器はホイールマウスに対応しており、設定を変更したいノブ上にマウスを移動してホイール操作を行うことで容易に値変更ができる。Multiplexボタン(右上青ボタン)を押すとマルチプレックスモードになり、コントロール信号がhiのときの波形(True波形)とloのときの波形(False波形)が同時に表示される(図中では2つの波形が重なっている)。

Author Information:
石内 俊一 氏
東京工業大学 資源化学研究所
Japan

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